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那珂通世が甥の藤村操の自殺を悼み綴った文

旧制一高の学生であった藤村操(ふじむら・みさお)が、明治36年(1903)に華厳滝(けごんのたき)に飛び込み、自殺した。
自殺現場のかたわらにある大きな木を削り、そこに「巌頭之感」[画像]と題する「遺書」が書かれていた。

このエリート学生の自殺は、当時の人々に衝撃を与えた。
彼の死や遺書にある厭世観に影響され、後追い自殺を図った者が続出した。

この「巌頭之感」は有名でよく紹介・引用されているのだが、彼の叔父が書いた追悼文は心を打つ名文であるのに、あまり見かけないのでここに紹介したい。(「巌頭之感」もこの追悼文に引用されている)

那珂通世(なか・みちよ)は、歴史学者で藤村操の叔父である。自転車旅行を趣味としていたので「自転車博士」と呼ばれていた。

追悼文は、藤村の自殺の翌日、書かれた。

文語調で少々難しいが、文脈、状況がはっきりしているので理解し読めると思う。

那珂通世・追悼文[筆者作成pdf]


「余之を聞き、徹夜輪行して日光に至らんと思ひ」という所が胸をうつ。自転車で徹夜をして日光まで行こうするとは、甥への深い愛情を感じさせる。

最後「哭して記す」とあるのも本当に違いなく、かなしい。

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