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『日本人への遺言PART2 「和の国」のかたち』渡部昇一・日下公人(徳間書店)

『日本人への遺言PART2 「和の国」のかたち』渡部昇一・日下公人(発売:徳間書店、発行:李白社)

2017年1月31日初版発行
224頁





目次(収録作品)

第1章 日本人は覚悟を決めよ!
第2章 日本の時代がやってくる
第3章 皇統はかくあるべし
第4章 「WGIP」の呪縛を解け!
第5章 道徳の回復が急がれる

対談本。(いつ行われたか記されていない、内容から推測するに2016年12月か)

第1章・第2章は、主にアメリカについての話。第3章は、天皇、皇室について。いわゆる「生前退位」について議論が巻き起こっていた時期。第4章は、渡部昇一が生み出し一貫して主張していた「東京裁判史観」(の是正)について。第5章は、移民の話や教育勅語の話など特にテーマはなくあれこれ語っている。

『日本人への遺言』と若干重複する部分もある。
なかなか興味深かった。特に「パール判事の判決」の説明がすばらしい。(p.174~)
一読の価値がある本である。


以下、参考情報。
(p.132)「久邇宮家のお嬢さん」というのは、久邇晃子(くに・あきこ)氏のこと。
(p.159)大内兵衛(おおうち・ひょうえ)は、法政大学総長。矢内原忠雄(やないはら・ただお)は、東京大学総長(南原繁の後任)
(p.160)「この間、委員長がダブル不倫で失脚した」というのは、岡本泰良(おかもと・やすなが)

宮内庁による指摘


「まえがき」がよいので記しておく。(部分)

まえがき

このごろ私は‶同時代人〟ということをよく考える。
十歳の少年の差がある信長、秀吉、家康はふつう同時代人と見られているが、昭和五年前後に生まれた私の世代にあっては、五、六歳違うと、もう同時代人とはいえない。
たとえば、「講談社の絵本」が刊行されたのは昭和一一年の暮れであった。私の世代の少年・少女はみな夢中になって読んだものだが、それから五、六年して大東亜戦争が始まると紙が不足し、刊行は中止となった。そのため、私の五歳下は「講談社の絵本」の素晴らしさを知らない世代になってしまった。

このように、昭和初年から昭和五年あたりの生まれの人間は同時代人ということができるが、昭和一〇年生まれとなると、もはや同時代人とはいえない。この二つの世代では日本という国に対する考え方も基本的に違う。われわれの世代は皇紀二六〇〇年(昭和一五年)を晴れやかな気持ちで祝った経験があるが、後者の世代となると物心ついたとき教科書に墨を塗らされ、アメリカは偉大な国であると教え込まれてきたからだ。

私はたとえば竹村健一さんや日下公人さんたちに‶同時代人〟を感じてきた。われわれは戦前・戦中・戦後という三つの異なる時代を体験してきたから連帯感も強いように思う。戦前の日本は‶偉大なる国〟であり、そこに男として生まれてきたことは胸が熱くなるような思いであった。戦争が始まると勝ちまくったことも、また、なぜ負け始めるようになったかもよく知っている。さらに戦後は‶超貧乏時代〟を生きながらも、日本がアッというい間に復興を成し遂げるという経済成長も経験してきた。

徳川時代と明治時代を生きた福沢諭吉は『文明論之概略』の中で「一身にして二生(にしょう)を経る」と書き残したが、われわれの世代もまた絶頂からどん底へ、さらに復興へ――という人生を歩んできた。そんなジェットコースターのような時代を生きてきたから、日本の長所も欠点も熟知している。敗戦では日本を惜しみ、復興では日本の素晴らしさを感じ、バブル崩壊に際しては秀才官僚たちの蹉跌(さてつ)を目撃してきた。

そんなわれわれに共通するのは、たとえ日本を批判するときでもその根底には「愛国心」があるということだ。
(以下略)


[関連]
『日本人への遺言』渡部昇一・日下公人(2016・徳間書店)

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