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『戦歿学生の遺書にみる15年戦争』(光文社)

『戦歿学生の遺書にみる15年戦争―開戦・日中戦争・太平洋戦争・敗戦』わだつみ会編(光文社、カッパブックス)

新書

昭和38年(1963)2月1日初版発行
283頁

二段組み

第二次世界大戦で亡くなった我が国の学徒兵の手紙や日記などをまとめた遺稿集。
『きけ わだつみのこえ』の続編。

上記の前作よりもいろいろなタイプの内容の文章がけっこうあり興味深かった。

長谷川曾九三が入営前に親友に宛てた書簡(p.16~)

……僕が言いたいのはすくなくとも読書して思索した人間が、または、学問の一端をかじった一学徒が、どういう気持で入営していったかを親友である君に対し知ってもらいたと思ったからです。……

入営が近づくにつれて僕の心の中に起こって来た不安……は、一日一日大きくなっていきました。……
僕が今までに見てきた僕の目ではさとり切ったというような清らかな態度に見えた入営兵の心中と同じになりたいと、どんなにあせったことでしょう。……

本をたくさん読まねばと思って本を取ってみますと、さらに私の苦悩を深くさせます。それがいい本であればあるほど……
僕はそのような状態で……郷里へ行きました。……いろいろな本を見ていますと「若きゲーテの研究」……が目につきましたので興味あるままに、それを持ち出して家の前の山に登りました。その本は千ページほどのものです。私は山の山頂に立ってなつかしい村の姿に見入るとともに即興の詩を作って大声で村に呼びかけました。

私は一望の下に村を見おろせる崖に腰かけて、その本を読み始めました。……五十ページは読んだでしょうか、ひじょうにその本が気に入って夢中になって読み続けておりました。
しかし、あまりの気持よさにとうとうそのまま寝入ってしまったのです。一、二時間たったでしょう。私は、私の位置が何処にあるかをさめてびっくりしました。……
私は山の上にいるんだって! 足の下に開かれてある一冊の本を見た時、私はなおさらにびっくりしたのです。こんな大部な本を読もうとした僕自身に。けれども、読んでしまいたいと思う気持もその一方に勃々として起きてきました。その二つが私の心の中で争ったのです。立ち上がって私はつぶやきました。……

絶望せよ、と。ケルケゴールは言った。希望なきときは絶望せよ。それは希望と同じ役割をはたすであろう。(以下略)

は、良質の映画の一場面の様だ。(映画ではなく実際の話なのが痛ましい)

松永茂雄(p.35~)

安価なセンチメンタリズム、発作的なヒロイズム、そして盲目的なパトリオチズム(愛国主義)、学徒にはすべて禁制である。

「軍服を着た間は学問を忘れたら」との忠告に、「軍服を着たって学徒で候」と返事した。知性が私の武器である。

私は陣中で源氏物語や古今集を講義させたという戦国武将の故事を思い浮かべながら、時に社会科学を論じ、定家(藤原定家)の芸術を語った。

鋭い分析と強い自制心、知性に対する矜持と信頼。現代の大学生に、このような人物は何人に1人位いるのであろうか。50を過ぎた人のなかにもあまりいないような気がするのは、私の気のせいか。

(p.213)和田稔の手記
昨日の第二補科(略)は陸戦、歩哨の動作、砲術学校の練習生を敵にまわす。終わって銃を信号の練習生分隊に返しに行ったら、夕食の配食を終わっても、まだ食べさせられずに、さかんに発光(発光信号)の稽古をやっていた。

(略)みんな真赤な顔で、ぶらさがった電球をみつめこんでいた。とても可憐なという感じがした。だが一方に、それに対して、それを肯定したいような、かすかな残虐的な心が、いつかもり上がってきたというのは、私一人の変態だったのであろうか。

私たちの号令には何一つ逆いえずに、必死につき従ってくる少年たち。
私は谷崎潤一郎を思い出したりするのだ。
それがつい九ヵ月ほど前の私たち自身の苦しみだったことも忘れ果てて。

後輩に対する和田自身の気持ちの考察が興味深い。集団生活の中で上位者にひととき現出した嗜虐的な心理を文学のように記している。なお「変態」というのは、今日のヘンタイという意ではなく、「異常」(異常性)の意であろう。

戦没学生の記録以外の文章には、先の大戦の悪は全て我が国に帰せられるという偏見を感じさせる部分が散見されるが、そういうところは気にしなければよい。

読む価値のある本である。

本書のタイトルに含まれる15年戦争とは、

1931年(昭和6)の満州事変から、1937年の日中戦争、1941年の太平洋戦争を経て、1945年の敗戦までの足掛け15年間の戦争をいう。(略)

第二次大戦における日本の侵略戦争を、ばらばらに切り離してみるのでなく、密接不可分の関連のもとにとらえ、とりわけ中国や東南アジア諸民族への侵略戦争を重視してとらえる視点にたった戦争認識の呼称(略)

出典:日本大百科全書(ニッポニカ)

なのだが、この呼称は不適切だという意見もある。理由は、満州事変からポツダム宣言受諾までは15年ではなく約14年間(13年11ヶ月)であること、途中に非戦争状態の時期があること等々。
また、日本が侵略をしたのか、侵略戦争を行ったのかという点も議論がわかれている。


[関連]
『きけわだつみのこえ』(岩波文庫)
『新版 きけわだつみのこえ』(岩波文庫)
『第二集 きけわだつみのこえ』(岩波文庫)

下記は、本書を改題し、校訂し直した新版。

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